今回は、行政という「お上」に対して、民法のモラルである信義則などがどこまで通用するのか、そして試験で頻出する「公営住宅」の特殊ルールの正体について学びます。
役所が約束を破ったり、厚かましい主張をしてきたりしたとき、国民は泣き寝入りするしかないのでしょうか。過去問のひっかけポイントを、人間社会のリアルなドラマで読み解いていきましょう。
行政法の基本原則と行政をめぐる法律関係②
コタロー
先生! 行政法の過去問を解いていると、役所が「工場建てるって言ったけど、やっぱりやーめた!」とか、「ミスしたのはこっちだけど、もう時効だからお金払わないよ!」とか、やりたい放題じゃないですか! お上にモラルってないんですか!?
ワンブル先生
コタローくん、怒っているね。たしかに、行政には事情が変われば方針を変える権利があるんだ。でも、さすがの行政も限度を超えると、民法の信義則や権利濫用の考え方が問題になってくる。今日は、行政がどこまでやったらアウトになるのか、その境界線を整理しよう。
ここだけチェック
試験で狙われるのは、原則と例外が逆転するひっかけポイントです。よく出る事例を通して、選択肢を見抜く視点を身につけましょう。
チェックリスト
- 公営住宅法にないトラブルには、民法・借地借家法が補充的に適用されることがある
- 公営住宅の使用権は、当然には相続されない
- 行政の時効援用が、信義則に反して許されないことがある
- 租税法律関係では、信義則の適用は慎重かつ例外的に考える
- 行政権を不正な目的で使うと、権限濫用として違法になりうる
公営住宅にまつわる2つの顔
まずは、よく出題される公営住宅の話です。
公営住宅は、普通の賃貸アパートと何が違うのでしょうか。
ルールブックにないトラブルはどうする?
公営住宅の入居については、公営住宅法という特別ルールがあります。
しかし、法律にすべてが書かれているわけではありません。雨漏りした、家賃を滞納した、建物の使用関係でトラブルが起きた。こうした公営住宅法に直接書かれていない問題はどう処理するのでしょうか。
ここでは、普通の賃貸住宅と同じように、一般法である民法や借地借家法が補充的に適用されることがあります。
最高裁も、公営住宅の使用関係について、公営住宅法や条例に特別の定めがない限り、原則として民法や借地借家法の適用があると判断しています(最判昭59.12.13)。
父親が亡くなった後、同居の息子は引き継げる?
ここが最大のひっかけです。
普通の民間アパートなら、賃借人である父親が亡くなった場合、賃借権が相続の対象になる場面を考えます。
しかし、公営住宅では「使用権は当然には相続されない」というのが最高裁の結論です(最判平2.10.18)。
コタロー
えー! 家族が追い出されちゃうの? それはちょっと可哀想じゃない?
ワンブル先生
公営住宅は、税金を使って、低所得で本当に困っている人を特別に助けるための施設なんだ。つまり、公営住宅の使用権は、その人だからこそ認められた一身専属的な性質を持つ。だから、使用権をそのまま自動的に相続することはできないんだ。
もちろん、残された家族が困窮していれば、改めて入居審査を受けて住み続ける道が用意されることはあります。
ただし、それは「相続したから当然に住める」という話ではありません。公営住宅法や条例に基づく承認・審査の問題として考えます。
行政の裏切りは許されるか
次は、行政が約束やモラルを破った場合のペナルティです。
信義則とは、正式には「信義誠実の原則」といい、相手方の信頼を裏切らず、社会通念上まじめで誠実な態度で行動しなければならないというルールです。
もともとは民法の大原則ですが、行政と国民の関係でも問題になります。行政が自分で相手に信頼を抱かせておきながら、あとからその信頼を一方的に裏切るような場合、「それは信義則に反するのではないか」と問われるのです。
では、この信義則は、行政にもどこまで適用されるのでしょうか。
厚かましい時効の援用は許されない
違法な通達を出して、国民に「あなたは手当をもらう権利がありません」と誤った指導をし続けていた役所がありました。
あとになってそれが役所のミスだと判明し、国民が「では過去の分も払ってください」と請求しました。
すると役所は、「もう消滅時効の期間が過ぎたから払いません」と主張したのです。
これに対し、最高裁は、自ら誤った指導をしておきながら時効を主張することは、信義則に反して許されないと判断しました(最判平19.2.6)。
税金の世界だけは特別枠
しかし、税金の世界に入ると、話が変わります。
税務署の職員が窓口で間違って「この場合は非課税ですよ」と説明し、それを信じた人がいたとします。
あとになって「やっぱり課税します」と言われたら、信義則違反で助けてもらえるでしょうか。
結論は、租税法律関係では信義則の適用は慎重かつ例外的だということです。
なぜなら、税金は法律どおりに平等に集めなければならないからです。税務署員がミスしたから「あの人だけ非課税」とすると、まじめに払っている他の国民との公平を害してしまいます。
最高裁は、租税法律関係において信義則の法理を適用するには、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が必要だとしています(最判昭62.10.30)。
ワンブル先生
租税法律関係では、信義則の適用は慎重かつ例外的なんだ。役所の窓口でのミスリードを信じてしまったとしても、そう簡単には信義則で救済してくれないという厳しさがあるんだね。
判例ドック: ドラマで覚える結論
最後に、試験で頻出する行政の権力行使にまつわる2つの有名判例を見てみましょう。
宜野座村工場誘致施策変更事件(最判昭56.1.27)
沖縄県の宜野座村が、製紙工場の誘致を計画した企業に対し、村有地を提供し、工場建設に全面的に協力するという趣旨の対応をしました。
企業側はこれを信頼し、土地の補償金の支払いや機械設備の発注、敷地の整備工事など、大きな投資をして準備を進めます。
ところが、工場誘致の賛否を争点とする村長選挙で反対派の新村長が当選し、方針が転換されました。新村長は工場の建築確認について不同意を通知し、企業側は工場建設を断念せざるを得なくなったのです。
企業側が損害賠償を求めた裁判で、最高裁は、行政が社会情勢の変化に応じて政策を変更すること自体は原則として自由だとしました。
ただし、特定の者に対して個別・具体的な勧誘をして施策への信頼を生じさせた以上、やむを得ない事情がないまま施策を変更して損害を与えることは、当事者間の信頼関係を不当に破壊するものとして、不法行為責任を負うことがあると判断しました。
つまり、政策をやめること自体は行政の裁量の範囲内でも、信頼して投資した相手への損害については賠償責任を負いうる、というバランスの取れた結論です。
個室付浴場事件(最判昭53.6.16)
ある業者が、個室付浴場(現在でいうソープランド)を建設しようと準備していました。これに反対した町長は、建設を阻止しようとします。
当時、児童遊園という子どもの遊び場の近くには、風俗営業施設を建ててはいけないという趣旨のルールがありました。そこで町側は、個室付浴場の建設予定地のすぐ隣に、急きょ子ども向けの遊び場である児童遊園を設置し、その設置認可を受けたのです。
最高裁は、この児童遊園の設置認可を、行政権の濫用であり違法であると判断しました。
児童遊園を作るという行政の権限は、本来、子どもが安全に遊べる場所を確保するために使われるべきものです。それを、特定の業者の営業を妨害するという不正な動機・目的のために使ったため、権限の濫用と評価されたのです。
たとえ形式的には権限行使の形をとっていても、動機や目的が不正であれば違法となりうる。ここが重要です。
まとめ
コタローくん、行政法における原則と例外の境界線は見えましたか。
試験本番では、次のチェックリストを思い浮かべて、ひっかけの選択肢を見破ってください。
チェックリスト
- 公営住宅法にないトラブルには、民法・借地借家法が適用されることがある
- 公営住宅の使用権は、一身専属的な性質があるため、当然には相続されない
- 違法通達など行政側の誤りが原因なのに時効を主張することは、信義則違反となることがある
- 租税法律関係では、租税法律主義が優先し、信義則の適用は慎重かつ例外的に限られる
- 施策変更自体は可能だが、相手方の信頼を不当に破壊すると不法行為責任を負いうる
- 他人の営業妨害が目的なら、行政権の濫用で違法となりうる
これにて、行政法総論の最重要テーマである「行政法と民法」「行政法の一般原則」の講義は一区切りです。
行政は今どんな立場で動いているのか。目的は正しいのか。相手方の信頼を不当に裏切っていないか。
コタロー
行政法って、条文だけじゃなくて、行政の動き方そのものを見る科目なんだね。どのルールが優先するのか、だいぶ見えてきた気がする!
ワンブル先生
いい感覚だよ。今後どんな初見の過去問が出ても、行政がどの立場で、どんな目的で動いているかを見れば、正解の糸口を見つけやすくなるよ。